「京都祇園祭―町衆の情熱・山鉾の風流―」と「三条御倉町 大橋家の歴史と美術」@京都文化博物館(どちらも)

新型コロナウイルスの流行により文化博物館の大部分が2月28日(金)より閉館になっておりましたので開催が危ぶまれましたが、

「京都祇園祭―町衆の情熱・山鉾の風流(ふりゅう)―」

は、予定通り2020年3月24日(火)から開催されております。

まだ開館をご存じない人が多いのか、とても空いております。 新型コロナウイルスへの対応として、エレベータに同時に乗るのは6人まで、会場入り口ではカメラによる体温測定、オーディオガイドの受け渡し担当者は手袋着用、館内各所に消毒薬、スタッフはマスク着用などの対策が取られています。なお3階のフィルムシアターは3月27日現在、まだ開いておりません。会期は2020年5月17日(日)までの予定ですが、新型コロナウイルスの感染拡大状況によっては会期途中での閉館も有り得ますので、早めの観覧をお勧めいたします。

http://www.bunpaku.or.jp/exhi_special_post/kyoutogionsai2020/

併せて2階の総合展示室で開催中の「三条御倉町 大橋家の歴史と美術」も興味深いです。御倉町は鷹山のある衣棚町の西隣の御町内で、祇園祭の御神輿の轅(ながえ)を担当する轅町でした。

幕末の町用日記には、寺町で難波と船頭町がケンカをした旨の記載があります。難波とは大宮の御神輿(六角形)を舁いでおられた大阪今宮の人たち、船頭町は高瀬川の水運に関わってこられた人たちで八王子(四角形)の御神輿を舁いでおられました。御倉町は三条台と一緒に少将井の御神輿(八角形)を舁いでおられました。三条台についての資料は比較的多いので研究が進んでいますが、船頭町についての資料は少ないのでこれは貴重な記録だと思われます。

明治になって轅町の仕組みがなくなり、三条台(三若)が今宮に替わって中御座の御神輿(六角形)も舁ぐようになり、さらに東御座(四角形)は四若、西御座(八角形)は錦(明治初年は三条台、後に壬生)が舁ぐようになりました。

こちらの展示は2020年4月19日(日)までの予定です。

http://www.bunpaku.or.jp/exhi_shibun_post/sanjo-mikurachou/

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です