2015年4月27日付の神社新報「記者のことのは」で鷹山にエールをくださいました

神社新報「記者のことのは」で鷹山を紹介してくださり、熱いエールを贈ってくださいました。一部を引用させていただきます。

▼昨年の京都・八坂神社の祇園祭では、幕末の禁門の変での焼失により長らく登場しなかった「休み鉾」の大船鉾が、後祭りとともに復活した。
(略)
今回の復活は、京都だけでなく神社・神道の歴史にとっても、一つの節目であらう。
▼同市では、「休み山」である鷹山の復活の話も出てゐるやうだ。
(略)
大船鉾が都大路を巡行した様子を見た関係者にとっては、気運が昂まってゐる内に、と逸る気持ちはあらうが、さまざまな文字史料・絵画史料にあたっての着実な復元考証を期待したい。
▼鷹山は、最後の巡行参加から二百年となる十一年後の復活を目指してゐるといふ。昨年の祭では、囃子方が稽古を公開。着実に歩みを進めてゐる。復活した山が都大路を練り歩く様に思ひを馳せ、ここに陰ながら関係者ヘエールを贈りたい。(裕)

 おかげさまで、5月には一般財団法人鷹山保存会が設立され、5月31日には八坂神社にて設立奉告祭とお千度まいりをさせていただきました。今年の祇園祭では、八坂神社でお祓ひしていただいた粽などを授与させていただきます。囃子方は2014年に再興し、今年は宵々々山から宵山までの3日間、毎日二か所でお囃子を奏でさせていただきます。還幸祭では御神輿の御迎へ提灯をさせていただく予定です。壱年前には思ひもしなかった復興ぶりでございます。
 記事を書いてくださった(裕)様のおっしゃるやうに、はやる気持ちをおさへつつ、着実に復興を目指したいです。

歴史的仮名遣ひで文章を書くのは生まれて初めてです。間違ひがございましたら、ご指摘くだされば幸ひです。

北観音山は尾長鳥、南観音山はハト。では鷹山の真松にとまっている鳥は?

 7月20日は後祭の山建ての日です。南観音山では屋根方が松に登ってハトを取り付けておられました。
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写真は「」より引用しました。
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 「左三の枝に尾長鳥あり」という北観音山では、山を横にして松を付けるときに尾長鳥も一緒に取り付けられるので、山を起こした後に木に登ることはないそうです。

 では鷹山にはどんな鳥がついていたのでしょうか?
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祇園祭の休み山・鷹山(たかやま)の居祭2015の予定

京都祇園祭の休み山、鷹山の居祭の今年(2015年)の予定が雑誌などに発表されていますので、紹介させていただきます。

  1. お囃子の披露
    「京歩楽[まちぶら]Leaf mini」2015 vol.25 という無料小冊子の中の
    「門川大作 京都市長が案内する 京都祇園祭 魅力再発見」
    という記事(p.16-17)で鷹山が紹介されていました。

    今年は新たに復帰を目指して始動した鷹山が、後祭の宵山で披露するお囃子(19時頃~)に注目を!

    鷹山の囃子方の予定

    • 7月21日(火) 19:30~21:00 京都市「エコ屋台村」で出囃子
       場所:京都芸術センター(室町通蛸薬師下ル、元明倫小学校)アクセス
    • 7月22日(水) 19:30~21:30 宵々山 鷹山のお囃子披露 
       場所:山音(株)前 三条通室町西入
    • 7月23日(木) 19:30~22:00 宵山  鷹山のお囃子披露 
       場所:山音(株)前 三条通室町西入
  2. 鷹山の授与品
  3.  鷹山の2015年の授与品は、京都・日本茶専門店 創業安政元年ちきりやさんのFacebookの記事によると、

    粽(小絵馬付) 1000円
    Tシャツ 2000円
    手ぬぐい(永楽屋コラボ) 2000円
    粽(京菓子・たちばなや) 1000円
    犬みくじ(陶器製) 500円

    日時: 7月22日(水)、23日(木) 後祭の宵々山と宵山
    場所: 三条通室町西入 山音(株)前 

    とのことです。授与品をお求めいただいて、鷹山の復興に御協力くだされば幸いです。

    画像もお借りしました。

  4. 町家(ちょういえ;会所;三条通室町西入、大学堂)での居祭
     7月22日(水)、23日(木) 両日とも正午~午後10時(予定)(日時は「月刊京都」7月号(白河書院) p.62 に記載)
    KyotoShi_Takayama
     鷹山の御神体は、左が鷹を持つ鷹匠で中納言在原行平様、右が犬を連れた犬飼様、中央が手に持った粽を美味しそうに食べる樽負様で、仁和2(886)年12月14日、光孝天皇の芹川御幸の鷹狩りの様子だと伝えられています。なお真ん中の樽負様は「からくり」仕掛けだったことが京都市の調査で示されています。
     御神体は明和7(1770)年、お囃子の鉦は天明6(1786)年に作られ、天明の大火(どんぐり焼け;天明08(1788)年)と幕末の禁門の変(蛤御門の変、どんどん焼け;元治元(1864)年)の2回の大火をくぐりぬけてこられました。鷹山は禁門の変で懸装品などが焼けてしまいましたが、三体の御神体のお頭と手などは穴蔵に入れて難を逃れました。これらは焼け残ったお囃子の鉦とともに「鷹山装飾品(たかやまそうしょくひん)13点」として、平成20(2008)年に京都市の有形民俗文化財に指定・登録(京都市:新指定・登録文化財 第26回京都市文化財)されています。
     衣棚町の町内では「鷹遣が在原行平(ありわらのゆきひら)さま、犬使(いぬつかい)が行平の弟の在原業平(なりひら)さま、樽負が行平の息子の在原遠膽(とおきも)さま」とも言い伝えられてきました。御町内の古文書、天明2(1782)年6月の「鷹山人形・錺付一式覚」の中にも「鷹飼 中納言行平卿 狩衣紗金黒紅鴛鴦 番絵指貫浅黄地 紫轡唐草、、、」とありますので、鷹匠は在原行平さまで確定ですが、他のお二人の名前は残されておりません。
     三条通室町西入の町家(ちょういえ;会所)では、在原行平さまをはじめとする三体の御神体、禁門の変で焼け残ったお囃子の鉦4丁、皆川月華から寄贈された見送り「染彩猛禽之図」も飾られる予定です。