1834(天保5)年以降、1864(元治元)年以前「祇園祭礼図屏風」個人蔵

江戸時代の末の前祭と後祭のすべての山鉾が描かれた六曲一双の屏風です。個人蔵ですが、1994年に文化博物館で開かれた「祇園祭大展~山鉾名宝を中心に~平安建都1200年記念」に出展され、この時代の山鉾の姿を示す貴重な資料として引用されることが多いです。北観音山が立派な屋根を造り、綾傘鉾が大きな車輪のついた鉾になっています。

綾傘鉾が車輪つきの鉾になった1834(天保5)年以降で、かつ、1864(元治元)年の大火で多くの山鉾が被害を受ける以前の景観です。

大船鉾復元の際にも資料の一つとして検討されました。その際には、制作年代が1839~1857年とさらに狭くなっています。

右隻には、前祭の長刀鉾、占出山、孟宗山、伯牙山、綾傘鉾、鉾、白楽天山、四条笠鉾、山伏山、霰天神山、鉾、保昌山、蟷螂山、芦刈山、鉾、郭巨山、天神山、木賊山、太子山、鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾の23基すべてが描かれています。

左隻には、後祭の橋弁慶山、役行者山、八幡山、浄妙山、鈴鹿山、鯉山、黒主山、北観音山、大船鉾が描かれています。残念ながら、鷹山は既に休み山になっていましたので描かれていません。

<参考>
祇園祭山鉾連合会, 京都府京都文化博物館, 京都新聞社(編)「祇園祭大展~山鉾名宝を中心に~平安建都1200年記念」祇園祭山鉾連合会, 1994.

文化3(1806)年 鷹山@速水恒章「諸国図会年中行事大成」~立派な屋根のある鷹山

鷹山@東京国立博物館蔵 速水恒章「諸国図会年中行事大成」文化3(1806)年

諸国図会年中行事大成
東京国立博物館蔵「諸国図会年中行事大成」(部分)

 鷹山が巡行している頃、文化3(1806)年の木版本です。鷹山に立派な屋根がついているのがわかります。右から順に、鷹を手にした鷹匠、屋根から吊り下げられた鉦を叩く囃子方が二人が読み取れます。他に二人が描かれていますが、粽を食べる樽負様なのか、犬を連れた犬飼様なのか、笛を吹く囃子方なのか、こちらは鮮明ではありません。
この木版本では鷹山だけでなく岩戸山や観音山にも立派な屋根がついています。鷹山も他の山も競い合うようにして豪華になっていったのでしょう。
東京国立博物館 http://www.tnm.jp/のデジタルライブラリは画像の引用ルールが明文化されているので安心して画像を引用できます。
 この速水恒章「諸国図会年中行事大成」は、早稲田大学図書館古典籍総合データベースでも画像が公開されています。画像の引用は許可されていませんがリンクは許可されていますのでリンクを貼っておきます。こちらの方が画像は大きいです。
鷹山など後祭の山鉾が描かれたページ 早稲田大学蔵「年中行事大成」
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