鷹山の山仕舞、曳山の山仕舞 2016年7月24日(日)、25日(月)

鷹山の居祭の舞台裏(?)
鷹山の居祭の舞台裏(?)

明倫誌」(1939年)には鷹山の居祭について

現今六月八日吉符入。六月十一日人形飾。六月十三日晝(昼)飾。六月十四日山鉾が三条通を東行し終ると直ちに納める。

と書かれています。祇園祭の日付は変わりましたが、山鉾が巡行する日の午前中に鷹山の御神体を仕舞うのは今も同じです。

籐の箱のフタにさりげなく「文化十二年亥六月」と書いてあります。文化12年は西暦1815年。今から200年ぐらい前の箱です。

祇園祭「還幸祭」~鷹山の前を御神宝、駒形稚児、御神輿が~ 2016年7月24日(日)

祇園祭の還幸祭で鷹山の前をお通りになる駒形稚児
祇園祭の還幸祭で鷹山の前をお通りになる駒形稚児

鷹山のある三条通は還幸祭のメインルートです。まず20時過ぎに宮本組の神宝列が鷹山の前を通られます。この列には素戔嗚尊の荒御魂を護持される駒形稚児もおられます。鷹山の囃子方がお囃子を奏でてお迎えします。その後、三若、四若、錦の順に3基の御神輿が鷹山の前を通られます。

御神宝や御神輿は三条通から寺町通、四条通を経て八坂神社へ還幸されます。
駒形稚児は八坂神社でのおつとめの後、騎乗のまま原了郭まで移動され、強力に担がれて馬を降り、お召し替えのために原家へ。ここで駒形稚児は神様から人間に戻られます。

祇園祭の神幸祭、還幸祭で駒形稚児がお宿にしておられる原了郭
祇園祭の神幸祭、還幸祭で駒形稚児がお宿にしておられる原了郭

八坂神社の舞殿に3基の神輿が揃うのは23時頃。御神輿から神殿に素戔嗚尊(中御座、三若)、櫛稲田姫命(東御座、四若)、八柱御子神(西御座、錦)の御神霊を本社に還す祭典が執行されます。境内の明かりが全て消され、神官が発する「おー」という警蹕(けいひつ、けいひち)の声とともに御神霊が還られます。明かりが消されている間は撮影厳禁ですので画像はありません。

西御座(錦)の御神輿が舞殿へ
西御座(錦)の御神輿が舞殿へ

鷹山のお囃子と南観音山、北観音山、大船鉾の日和神楽 2016年7月23日(土)

鷹山のお囃子
鷹山のお囃子

夜になると後祭の囃子方が御旅所まで日和神楽に行かれます。三条通は日和神楽のメインルートで、まず南観音山、次に北観音山が御旅所に向かって東へ。しばらくすると大船鉾が、次に北観音山が御旅所から戻ってこられます。

二つの日和神楽がすれ違う時にお互いの祇園ばやしが重なるのが楽しいのですが、残念ながら鷹山は居祭。止まったままで日和神楽をお迎えします。日和神楽は巡行の日が晴れるようにと練るものですから、鷹山の御神体がまだ巡行できない以上、鷹山の囃子方も日和神楽ができません。一年でも早く、鷹山も日和神楽をさせていただけるようになりたいものです。