祇園祭について知る~下間(しもつま)正隆「イラスト祇園祭」

 7月10日(金)から長刀鉾、函谷鉾、鶏鉾、菊水鉾、月鉾の鉾建てが始まり、11日(土)からは放下鉾、船鉾、岩戸山の山鉾建てが始まりました。
 岩戸山の山建てを見学させてもらっていると、岩戸山が校区の洛央小学校の男子児童が一人で岩戸山保存会の人にインタビューしておられました。「同じ山でも岩戸山のように早くから建てる山と、太子山のように後から建てる山があるのはどうしてですか」とか、「お祭りについて、どんなお気持ちですか?」とか、山鉾町の地元の小学生らしい「調べ学習」をしておられました。
 彼が手にしていたのは文字がいっぱい書いてあるガイドブックでしたが、私が小学生にも大人にもお勧めするのが
下間正隆「イラスト祇園祭」京都新聞企画事業、2014年6月
です。112ページの本で、山鉾35基(現在巡行している33基と休み山の鷹山と布袋山)について各2ページずつ、イラストをふんだんに使って、わかりやすく、かつ正確に書いてくださっています。イラスト入りの地図も載っていて便利です。
 鷹山は休み山ですし、数年前までは御町内の人も鷹山に熱心とはいえず、御町内の人でさえ鷹山のことをよく知らないのが実情でした。それで鷹山について知りたい人が鷹山の居祭で町内の人に尋ねてもあやふやな答えしか返ってこなかったこともあったと思います。その結果、祇園祭を紹介するガイドブックや雑誌、あるいはインターネットのホームページやブログの類にも鷹山について正しくない記述がちらほら見られます。
 ところが、この「イラスト祇園祭」は鷹山のことを正しく書いてくださっています。おそらく他の山鉾についても正確だと思います。それもそのはずです。この本を監修しておられるのが、祇園祭の山鉾について誰よりも詳しい吉田孝次郎祇園祭山鉾連合会理事長なのです。

 この版元の京都新聞企画事業が下間正隆「イラスト祇園祭」を紹介したページから引用させていただきます。

吉田孝次郎氏監修のもと、著者の下間正隆氏が山鉾の魅力をイラストで掘り下げ紹介したガイド書です。また前祭(さきまつり)と後祭の最新情報のほか、山鉾の興味深い歴史やタペストリーの秘密など、写真では表現できない詳細でほんわかとしたイラストで案内します。

下間正隆 2014 イラスト祇園祭、京都新聞企画事業

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<追記>
八章「鷹山の中納言行平公」では、鷹狩りがおこなわれた芹川を嵯峨野の「千代の古道」付近としているのに対し、下間正隆「イラスト祇園祭」では芹川を鳥羽離宮のあたりとしています。
 そこで京都大事典(佐和隆研ほか,1984)で「芹川」をひくと

伏見区下鳥羽芹川町周辺にあったという古い川。(中略)「三代実録」仁和二年(886)条に「行幸芹川野」としてみえる。「さがの山みゆき絶えにし芹川の千代のふる道あとはありけり」(在原行平朝臣)と歌に詠まれるが、これを右京区嵯峨野にあった芹川とする説がある」

となっていて、伏見の芹川説をメインにし、嵯峨野の芹川説を補足として紹介しています。
 また「三代実録」元慶六(882)年一二月二一日に(国会図書館 近代デジタルライブラリー 三代実録 巻42

山城国葛野郡嵯峨野、充元不制、今新加禁。樵夫牧竪之外、莫聴放鷹追兎。(略)紀伊郡芹川野・木幡野、(略)天長年中、既禁従禽。今重制断。山川之利、薮沢之生、与民共之、莫妨農業。但至于北野、不在此限也。

とあり、葛野郡嵯峨野(右京区の嵯峨野)と紀伊郡芹川野(伏見区の芹川野)を区別して書いています。
 さらに、この御幸を詠んだ在原行平の和歌「翁さびひとなとがめそ狩衣 けふをかぎりと 鶴(たづ)も鳴くなる」がありますが、鶴は大型の水鳥ですから、嵯峨野のような上流よりは、鳥羽のような下流に多かったのではないでしょうか。
 この三つの理由で、芹川御幸=鳥羽説に賛成します。
 

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