お千度、鷹山お囃子披露、鷹山の粽(ちまき)

2015年5月31日(日)は鷹山の復興にとって記念すべき日になりました。

<御千度参り>
 まず午前9時半から八坂神社で「お千度参り」をさせていただきました。鷹山保存会のお千度参りは少なくとも数十年間ぶりだと思います。八坂神社の本殿の前に「一般財団法人鷹山保存会 設立奉告祭」という案内板を掛けてくださっているのがうれしかったです。参加者は鷹山保存会、鷹山囃子方、鷹山の歴史と未来を語る会の参加者、その他関係者など老若男女80名ぐらいで、皆様、正装をしておられました。中には紋付き羽織袴の方もおられました。祭主の禰宜(ねぎ)さんが詠んでくださった祝詞(のりと)をお聞きして復興への思いを新たに致しました。的確な祝詞を作ってくださった禰宜さんにあらためてお礼を申し上げます。最後に宮司さんからお言葉を頂戴しました。「一致団結して、こころをあわせて鷹山の復興に向かって進んでください」というお言葉が心にしみました。

<鷹山のお囃子披露>
 午後からは元明倫幼稚園の遊戯室で鷹山のお囃子の披露がありました。囃子方は30名以上で、祇園祭の山鉾の中でお囃子の練習回数は一番多いのではないかと自負しておられました。素人の耳には巡行に参加できるレベルに聞こえましたが、囃子方としてはまだまだ曲目が少ないとのことです。遊戯室は満席で、園庭でお囃子を聞いている方も大勢おられました。テレビや新聞各社の取材もありました。
続いて園庭でバーベキューパーティ。
 元明倫幼稚園は祇園祭山鉾連合会の事務局も入っている由緒正しき建物です。明倫自治連合会の活動の中心になっています。鷹山がある衣棚町が明倫学区にあるご縁で使わせていただきました。園庭には大きな藤が緑の木陰をつくっていて、とても涼しかったです。この藤は数年前には枯れる寸前でしたが、明倫学区内の大きな帯問屋の店の方が手入れしてくださって復活しました。今年も20房ほどの花が咲いたそうです。ありがたいことです。

<食べられる粽~祇園祭で販売する予定>
 バーベキューパーティの終わり頃に、今年の宵山で販売される予定の粽の見本が配られました。と申しましても、お飾りする粽ではなくて「食べられる粽」です。鷹山のご近所、三条通にある京和菓子の老舗が提供してくださいました。予想以上に参加者が多くて、女性と子どもの全員と男性のおえらいさん(?)の分しか数がありませんでした。私は食べられませんでしたので、味はわかりませんが、皆様、「美味しい、美味しい」と食べておられました。
 鷹山保存会では今年の宵々山や宵山に「お飾りする粽」などを一般の方にも授与する予定だそうです。鷹山はずっと居祭(いまつり)を続けてきましたが、これまで授与品は全くありませんでした。どんな授与品になるのか楽しみですね。

<追記>
この日の様子が京都新聞で紹介されました。
祇園祭「鷹山」、200年ぶり復活目指す 京都、保存会が発足
http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20150601000017

江戸時代の鷹山のチマキは食べられるチマキでした。詳しくは別記事「祇園祭の粽~江戸時代は食べられるチマキだった」をご覧ください。

三条通と祇園祭~三若神輿会副会長・前田諭志~にぎわい三条みちづくりProject地域勉強会Vol.1

ポスターに

還幸祭には三基の神輿が又旅社を奉安し神饌をお供えして三条通を八坂神社へ向かいます。
衣棚町では休み山であった鷹山の巡行復帰に向けた取り組みが始まりました。

とありましたので、参加しました。祇園祭の神輿については本当に知らないことばかりで勉強になりました。

 三若神輿会副会長の前田さんが祇園祭の還幸祭(後祭の夜に神輿が御旅所から氏子の町内を回って八坂神社に帰られる)について話してくださいました。前祭の夜の神幸祭は約8kmですが、還幸祭では約12kmも神輿をかつがれるそうです。その後、三若会のある三条会商店街の上田理事長が還幸祭を盛り上げるための商店街としての工夫について補足してくださいました。
 京都工芸繊維大学の佐々木研究室が中心となったセミナーで、隣に座った学生さんに伺ったところ、4回生向けの講義も兼ねているそうです。(財)鷹山保存会の理事や囃子方も数名、参加しておられました。

 祇園祭の神輿には、久世の駒形稚児が運んでくる素戔嗚尊(すさのおのみこと)の荒御魂(あらみたま)と、八坂神社がお祀りしている御祭神の和御魂(にぎみたま)とを合体させてお乗せしているという話が新鮮でした。
 和御魂さんは品行方正の神様で、荒御魂さんは強烈なパワーがあるけれども素戔嗚尊が天照大神のところで暴れたように、時には暴走する神様のようです。祇園祭の目的、つまり疫病を鎮めるには和御魂さんのパワーだけでは足りなくて、荒御魂さんのパワーを借りるのです。素戔嗚尊という神様の中に和御魂と荒御魂という二面性をみているのが興味深いです。
 スイスの心理学者C.G.ユングが人間の持つ二面性を「光と影」として表現しましたが、ユングも河合隼雄も影(shadow)を必然とはしたけれども「影」の持つポジティブなパワーは強調していないのではないでしょうか。S.フロイドのいうリビドーはパワーの源泉ではありますが、マイナスの存在とはされていません。解剖学的には、視床下部が荒御魂で、前頭前野が和御魂なのでしょうか。
 現代社会でも「なにくそ、このまま負けてたまるか」という気持ち、嫉妬、劣等感コンプレックス、ルサンチマンなどなど人間の影の部分(=荒御魂さん)は強烈なエネルギーの源になっています。ひとりの神様の中に和御魂と荒御魂が同時に存在するという日本の神道の考えは、近代的な科学が人間の心を見つめ直す中で「リビードー」や「人間の持つ二面性~光と影」として19世紀以降に再発見されたのかもしれません。

ちなみに神輿に乗った和御魂と荒御魂が八坂神社に帰って来た後、荒御魂を久世までお送りするための行列などは特に無いそうです。

三条通と祇園祭~にぎわい三条みちづくりProject地域勉強会Vol.1
ゲスト: 三若神輿会副会長・前田諭志
会場: D-Lab アネックスににぎ
日時: 2015年5月16日(土) 19:00~20:30

にぎわい三条みちづくり(京都工芸繊維大学 まちづくり研究会)
祇園祭三若の吉符入り(サイト「京に癒やされ」)
八坂神社御供社(京都新聞 ふるさと昔語り51,2007年3月2日掲載)

八坂神社境内の時報は祇園囃子

 祇園囃子は山鉾を復興するカギになります。150年間、休み山だった大船鉾は2014年に巡行に加わりましたが、復興のきっかけは1997年にお囃子が復活したことです。
 鷹山は残された2つの休み山のひとつです。鷹山は文政9(1826)年の巡行で大雨にあって懸装品(けそうひん;お飾り)を損傷したとされ、翌年以降は巡行に加わらず、その後200年近く、ずっと居祭を続けています。しかしついに2014年、鷹山の囃子方が復活しました。今は30人あまりが熱心に稽古を積まれております。
 さて山鉾町の氏神様、八坂神社の境内に時計台があります。実はこの時計の時報が祇園祭の祇園囃子で毎正時に1分ほど流れます。朝8時ぐらいまでの参拝者の少ない時間帯の方が聞きやすいと思います。神職のお話によると夜中も鳴っているそうですが夜間に境内の警備をしておられる方のお話によると朝の6時から夕方の6時まで鳴っているそうですが未確認です。
 ところで「祇園囃子は山鉾によって曲が違う」ってご存じでしたか?祇園祭でお囃子のある山鉾は全部で11基ありますが、全部、他とは違うお囃子を奏でておられます。もちろん鷹山も他の山鉾と重ならない鷹山オリジナルのお囃子を作っていかなければなりません。同じ名前のお囃子であってもアレンジが違うので、別の山鉾の囃子方と合奏することは無理なのだそうです。
 ところで、この時計のお囃子はどこの山鉾のお囃子かわかりますか?時計台の形から見当が付くと思いますが、7月の山鉾巡行の時に確かめてみてください。


「祇園囃子@八坂神社の時計」映像はyoutubeからお借りしました。

八坂神社境内マップ

マップは八坂神社のホームページ http://www.yasaka-jinja.or.jp/ からお借りしました。時計台は本殿の南側の舞殿の南東にあります。