祇園祭の休み山は鷹山と布袋山の二つだけ

祇園祭では前祭(さきまつり;7月17日巡行)に23基、後祭(あとまつり;7月24日巡行)に10基、合計33基の山鉾が巡行しますが、これ以外に「休み山」というのがあります。休み山とは、実際に巡行した記録はあるのですが、何らかの事情で巡行を休んでいる山のことです。
従来は、大船鉾、布袋山、鷹山の三つが休み山だったのですが、大船鉾が復興し2014年の祇園祭から巡行に加わりましたので、残っている休み山は布袋山と鷹山の二つだけです。

布袋山の関係の方がブログを作っておられて、良いお写真を載せておられるので、写真をお借りしても良いかおたずねしたところ快諾を得ましたので紹介させていただきます。記事も布袋山メインに書き換えました。
559fcbbc44139e8971bb43e70d259769e612b3dd.53.2.9.2布袋山の居祀り

布袋山は応仁の乱の後の最初の山鉾巡行だった明応9(1500)年に
「十九番 布袋山四条坊門町と室町と間也」
として加列したことが八坂神社の記録に残っているそうです。
四条坊門は今の蛸薬師通に相当します。布袋山をお守りしておられる姥柳町は蛸薬師通の室町と新町の間ですから場所も一致します。

imgfa7fe977zik2zj布袋山の見送り

布袋山は、その後もたびたび大火の被害にあいながら布袋尊様像などを大切に守り通してこられました。
大火で櫓(やぐら)や懸装品(けそうひん)を焼失したのは鷹山も同じです。
京都の通りの名前を覚える童歌
「姉、三、六角、蛸、錦、四、綾、仏、高、松、万、五条(あねさんろっかくたこにしき、しあやぶったかまつまんごじょう)」
がありますが、鷹山がある三条室町と布袋山がある蛸薬師室町は2筋、約250メートルしか離れていませんから大火があれば同じように類焼するのは当然ですね。

布袋山保存会のホームページ 布袋山保存会

布袋山の関係者の方が書いておられるブログ TREK-Y5
布袋山の居祀り(2014年) 「布袋山の居祀り」
布袋山の櫓(2012年) 「布袋山 復興願う櫓」
布袋山の見送り(2011年) 見送り(山鉾の櫓の後ろ側に掛ける懸装品のこと)

布袋山と鷹山はわずか250メートルしか離れていないのですが、鷹山では「居祭」と書くのに布袋山では「居祀り」と書いておられます。他にも色々違いがあるのでしょうが、一番大きな違いは、鷹山は後祭(7月24日巡行)なのに布袋山は前祭(7月17日巡行)なことですね。

“祇園祭の休み山は鷹山と布袋山の二つだけ” への1件の返信

  1. こんにちは。

    初めまして。メイルの件ですが、画像は、どうぞご自由に使って
    くださってOKです。鷹山さんのブログが出来つつあるのですね、
    時々、見に来ますね。

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