1968年3月 京都市文化観光局文化課(編)「祇園祭 山鉾実測」 車輪が一番大きい山鉾は?

鷹山は後祭の山鉾ですので、1776(安永5)年頃から1787(天明7)年まで前祭の船鉾と金を出し合って車輪を新調し、船鉾と鷹山で山鉾の車輪を共有していたことがあります(館古7982)。また鷹山が1799(寛政11)年に菊水鉾から車輪を借りた記録もあります(館古8104)。他の山鉾町でも北観音山と南観音山が隔年巡行の頃は車輪を共有していたそうです。

京都市明倫尋常小学校編の「明倫誌」(1939年)には

人形三体に囃子を有し非常に大きな曳山で車は長刀鉾と共用してゐた。

とありますが、「車」というのが「車輪」をさすのか「車両(櫓全体)」を指すのか不明ですし、共有していた時期も不明です。鷹山と長刀鉾が「車」を共有していた根拠も見つかっておりません。

ある山鉾関係の人に「鷹山は船鉾と車輪を共有していました」と話したら、「鷹山は小さかったのですか。山鉾の中では船鉾と岩戸山が小さいと言われていますよ」と言われました。そんな経緯があって、曳山、曳鉾の車輪の大きさをまとめてみました。元データは、1966年から1967年にかけて京都市文化観光局文化課(当時)が京都工芸繊維大学建築工芸学科設計計画研究室(当時)に依頼して山鉾の寸法を測定した時の資料(京都市文化観光局文化課, 1968)です。

車輪の半径: 地面から車軸の中心までの高さ(mm)
車軸間距離(前後): 前輪の車軸の中心から後輪の車軸の中心までの長さ(mm)
車幅(左右): 左の車輪の幅の中央から右の車輪の幅の中央までの長さ(mm)

山鉾 車輪半径 車軸間距離(前後) 車幅(左右) 比(前後/左右)
岩戸山 978 4245 2170 1.96
北観音山 930 4495 2360 1.90
南観音山 950 4355 2355 1.85
長刀鉾 960 4500 2360 1.91
函谷鉾 930 4750 2370 2.00
鶏鉾 940 4660 2455 1.90
月鉾 954 4908 2317 2.12
菊水鉾 950 5000 2410 2.07
放下鉾 970 4400 2460 1.79
船鉾 960 4100 2330 1.76

1968年のデータですので、それ以後、車輪を新調されたり、車輪を真円にするために車輪を削られたりした山鉾もある点にご留意ください。この程度の大きさの違いでしたら、車軸の直径さえあえば、別の山鉾の車輪も比較的簡単に使えるのでしょう。

<文献>
京都市文化観光局文化課(編)「祇園祭 山鉾実測」 1968年, 京都市文化観光局文化課.
京都市明倫尋常小学校(編) 「明倫誌—創立満七十周年記念」, 1939年,京都市明倫尋常小学校
国立国会図書館デジタルコレクション
「車新調代銀ニッ割証文」北・南袋屋町→鷹山町 1776(安永5)年6月, 京都府立総合資料館『三条衣棚町文書』館古531-7982.
「祇園会入拂帳」鷹山町 1783(天明3)年6月~享和3(1803), 京都府立総合資料館『三条衣棚町文書』館古531-8104.