元治元(1864)年7月19日 禁門の変

1864(元治元)年7月19日 禁門の変 ご神体を穴蔵に入れて難を逃れる

三条衣棚文書[08122]「鷹山破損ニ付諸方掛合」元治元年の項

鷹山破損ニ付諸方掛合等控書
文政七年

元治元甲子年

鷹山諸道具飾附諸品共、町内持出蔵ニ納置候処、
当子七月十九日廿日之京地大火之節、
土蔵ニ火入、残不焼失致候事、乍然(さりながら)
一 鷹匠殿
犬遣殿
樽負殿 三方御首入 壱箱
一 右三方御手六ツ入  壱箱
右を平日会所二階ニ安置致有之、
右火事之節、家持之者之中ニ地下穴蔵有之所御座候故、其方江相頼納置候故、相残リ申候事

外ニ樽負殿之背負樽、黒塗窠(クワ)紋付壱ツ
右を損し之所繕ひニ遣り候所出来之上町内土蔵ヘ迶日(ナオビ)納候積ニ而、
年寄方土蔵ニ有之、依而(ヨッテ)相残り申候事

鷹山の諸道具、飾り付け、諸品を町内の持ち出し蔵に収納していたが、7月19日と20日の京都大火の時、土蔵に火が入って、残らず焼失してしまった。しかし、鷹匠、犬遣、樽負のお三方の首が入った一箱とこれらお三方の手が六つ入った一箱は、日頃、会所の二階に置いてあり、この大火の時、家持ちの者の中に地下に穴蔵がある人がいて、そこへ入れたので、無事に残った。

それ以外に樽負様が背に負っておられる樽、黒塗りの瓜紋付きの一つであるが、これが破損していたので修繕に出し、それが出来上がってきていた。これを町内の土蔵にいずれ収納するつもりで、町年寄の家の土蔵に入れておいたので無事に残った。

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