宝永元(1704)年 鷹山@金屋平右衛門「(宝永)花洛細見図」

宝永花洛細見図「宝永花洛細見図」国会図書館デジタルコレクション(全12コマ中9コマめに鷹山)

 宝永元(1704)年の金屋平右衛門「(宝永)花洛細見図」の第6巻に祇園祭の山鉾が描かれています。前祭は先頭の長刀鉾から最後尾の船鉾までの23基、後祭は橋弁慶山から船鉾(凱旋船鉾)までの10基が登場します。当時は、後祭の観音山が北と南で交代で出ていたので、観音山はひとつだけです。今(2016年)は鷹山が休み山になっていますが、それ以外は同じです。次のリンクをたどっていただくと左から2番目に鷹山が見つかるはずです。

花洛細見図 6巻~祇園祭・後祭の鷹山など (京都大学電子図書館蔵の画像へのリンク

 鷹山には、鷹を左手にとまらせた鷹匠、ブチの犬を連れた犬飼、両手でチマキを持った樽負、そして網隠の上にはキジが描かれていますが、まだ屋根はありません。後祭の山鉾では、観音山、鷹山、船鉾の3基が大きな車輪の付いた曳山、曳鉾として描かれています。長刀鉾などの鉾にはすべて屋根がありますが、岩戸山や観音山には鷹山と同じくまだ屋根がありません。その後、鷹山は、他の山と競い合うようにして豪華な屋根を造りあげていきます。
 
 鷹山にはご神体しか乗っておらず囃子のようすが気になります。それは他の山鉾でも同じで、囃子方らしき者が乗っているのは先頭の長刀鉾だけです。月鉾などは何も乗っていません。長刀鉾や綾傘鉾の囃子方をみると、鉦、太鼓、笛と今と同じ楽器を使っていたことがわかります。

<文献>
金屋平右衛門(編)「花洛細見図」元禄17(1704)年 序 (京都大学電子図書館の画像へのリンク(長刀鉾など)国会図書館蔵の画像へのリンク(12コマ中9コマ目に鷹山)