応仁の乱より前の鷹山

「祇園社記」の「御靈會山鉾應仁亂後再興記(御霊会山鉾応仁乱後再興記)」に「祇園會山ほこの事」として

七日
応仁乱前分
一. 長刀ほく、      四條東洞院、
一. かんこくほく、    四條烏丸と室町間、
一. かつら男ほく、    四條室町と町間、
一. かんたかうふきぬ山、 四條東洞院と高倉間、
一. こきやこはやし物、  四條油少路と西洞院間、
一. あしかり山、     四條いのくま、
一. まうそ山、      錦少路萬里少路と高倉間、
一. いたてん山、     同東洞院と高倉間、
一. 辨慶衣川山、     錦烏丸と東洞院間、
一. 天神山、       同町と室町間、
一. こかうのたい松山、  同西洞院と町間、
一. すみよし山、     綾少路油少路と西洞院間、
一. 地さうほく、     同町と西洞院間、
一. こはんり□山、     五條高倉と高辻間、
一. 花ぬす人山、     同東洞院と高倉間、
一. うかひ舟山、     四條高倉と綾小路間、
一. ひむろ山、      綾少路萬里少路と高辻間、
一. あしかり山、     錦少路東洞院、
一. はねつるへ山、    四條東洞院と綾少路間、
一. まうそ山、      錦少路烏丸と四條間、
一. 花見の中将山、    綾少路と四條間、
一. 山ふしほく、     四條坊門むろ町、
一. 留水ほく、      錦少路と四條間、
一. 庭とりほく、     綾少路室町と四條間、
一. はうかほく、     錦少路町と四條間、
一. しんくくわうくうの舟、四條と綾少路間、
一. 岩戸山、       五條坊門町と高辻間、
一. おかひき山、     五條と高辻間、
一. かまきり山、     四條西洞院と錦少路間、
一. たるまほく、     錦少路油錦少路、
一. 太子ほく、      五條坊門油少路と高辻間、

十四日
応仁乱前分
一. すて物ほく、   二條町と押少路間、
一. たいしほく、   押少路と三條坊門間、
一. 弓矢ほく、    姉少路と三條間、 
一. くけつのかい山、 高辻いにくま、
一. 甲ほく、     所々のくら役、
一. 八幡山、     三條町と六角間、
一. ふたしく山、   錦少路町と四條坊門間、
一. しんくくわうゝ舟、四條と綾少路間、
一. やうゆう山、   三條烏丸と室町間、
一. すゝか山、    同烏丸と姉少路間、
一. 鷹つかひ山、   三條室町と西洞院間、
一. 山、       三條西洞院と油少路間、
一. ふすま僧山、   鷹つかさ猪熊兵衛と間、
一. なすの與一山、  五條坊門猪熊と高辻間、
一. うし若辨慶山、  四條坊門烏丸と室町間、
一. しやうめう坊山、 同町と室町間、
一. 泉の小二郎山、  二條室町と押少路間、
一. ゑんの行者山、  姉少路室町と三條間、
一. れうもんの瀧山、 三條町と六角間、
一. あさいなもん山、 綾少路いのくま、
一. 柳の六しやく山、 四條高倉と綾、
一. 西行山、
一. しねんこし山、
一. てんこ山、
一. 柴かり山、
一. 小原木の山、
一. かさほく、    大との房、

と、応仁乱前分として、七日に31基、十四日に27基の山鉾の名前と場所があげられていますが、その中に
「鷹つかひ山 三条室町と西洞院間」
とあります。
 このことから、鷹山は応仁の乱(1467~1477)以前からの歴史がある山で、当時から「鷹つかい」を風流(テーマ)としており、三条室町と西洞院の間、つまり現在の衣棚町と釜座町の二ヶ町より出た山であることがわかります。

<文献>
祇園社記 第十五 御靈會山鉾應仁亂後再興記, 八坂神社社務所 編, 八坂神社記録 上, 八坂神社社務所, 1923年.
国会図書館デジタルコレクションで該当箇所をご覧いただけます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です