寛平5(893)年7月19日 在原行平逝去@本朝通鑑

在原行平様が逝去されました。75歳でした。仁和の鷹狩(仁和2(886)年)の7年後です。当時としては非常に長寿でした。
長男の遠瞻(トヲミ)は行平より早く亡くなりましたが、他に友于と基平という男子があり、娘は清和帝に仕えて貞数親王と包子内親王をお産みになりました。

本朝通鑑 
宇多天皇中 癸丑 寛平五年

秋七月 
前中納言正三位在原行平逝≪年七十五≫。平城天皇之孫。阿保親王之子也。母桓武天皇之女伊登内親王也。行平弟守平。業平。仲平。天長三年賜在原朝臣姓。

承和七年正月行平為蔵人。十二月辞退。二十日叙従五位下。時歳二十四。十二月任侍従。十三
年正月従五位上任。左兵衛佐五月右近衛少将。仁寿三年正五位下。斉衡二年正月叙従四位下。
任因幡守。四年兵部大輔。天安二年二月中務大輔。四月左馬頭。三年正月播磨守。貞観二年六月
内匠頭。八月左京大夫。四年正月信濃守。同月従四位上。五年二月大蔵大輔。六年正月備前権守。
三月兼左兵衡督。八年正月正四位下。十年五月兼備中守。十二年二月十三日任参議時歳五十
三。二十六日左兵衛督。十四年八月歳人頭。十五年従三位太宰帥。元慶元年治部卿。十月奨学院
別當。六年正月中納言時歳六十五。八年正三位民部卿。仁和元年按察使。同三年四月十三日致
仕。行平有男遠瞻(トヲミ)、友于、基平。有女仕清和帝産貞数親王、包子内親王。

<文献>
林恕(撰). 本朝通鑑 第5巻 巻第三十九 自寛平五年 至同七年. 国書刊行会, 1920年.
国立国会図書館デジタルコレクション