仁和3(887)年07月30日 仁和地震@日本三代実録

仁和3年7月30日申刻(ユリウス暦887年8月22日16時ごろ、グレゴリオ暦887年8月26日)

卅日辛丑。申時地大震動。経歴数剋。震猶不止。天皇出仁壽殿。御紫宸殿南庭。命大蔵省。立七丈幄二。為御在所。諸司舎屋。及東西京廬舎。往々顛覆。圧殺者衆。或有失神頓死者。亥時亦震三度。五畿内七道諸国同日大震。官舎多損。海潮漲陸。溺死者不可勝計。其中摂津国尤甚。夜中東西有声。如雷者二。

歴史的文献に記録された地震を研究している方は、この仁和地震を南海地震と東海地震が連動した地震だとしています(石橋、2000)。869(貞観11)年の貞観三陸の巨大地震から18年後に東海、南海連動の仁和巨大地震が発生したわけです。

<文献>
日本三代実録 巻第五十 起元和三年正月尽仁和三年八月廿六日. 国史大系 第4巻 日本三代実録, 経済雑誌社, 1897年.
国立国会図書館デジタルコレクション

石橋克彦. 887年仁和地震が東海・南海巨大地震であったことの確からしさ. 地球惑星科学関連学会2000年合同大会, 2000, SI-017. http://historical.seismology.jp/ishibashi/archive/887Nin’naEq.pdf , (参照2016年4月17日)