仁和3(887)年6月29日 在原行平の子、在原遠瞻震死@日本三代実録 

日本三代実録 巻五十

仁和三年六月廿九日辛未晦。太政大臣侍殿上、納言参議侍仗下。忽有雷大鳴。諸衛陣於殿前。賜太政大臣及諸公卿禄。諸府官人以下見参者、賜禄有差。
是日。右近衛少監正六位上在原朝臣遠瞻、在致仕中納言在原朝臣行平鴨河辺第、震死。遠瞻、是行平之子也。」於朱雀門前大祓如常。

壬申朔二日癸酉。夜地震。
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鷹山の御町内では、遠瞻を「トオキモ」と呼びならわしてきましたが、本朝通鑑では「トヲミ」と振り仮名がついております。
在原行平は致仕中納言となっており既に退官しておられます。屋敷は鴨河のほとりにありました。遠瞻は震死、つまり雷に打たれて亡くなったと記録されています。

<文献>
日本三代実録 巻第五十 起元和三年正月尽仁和三年八月廿六日. 国史大系 第4巻 日本三代実録, 経済雑誌社, 1897年.
国立国会図書館デジタルコレクション

林恕(撰). 本朝通鑑 第5巻 第三十七 自仁和元年 至仁和三年. 国書刊行会, 1920年.
国立国会図書館デジタルコレクション

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