元慶4(880)年5月28日 在原業平卒@日本三代実録

 在原行平の弟、業平が56歳で亡くなりました。美男子(体貌閑麗)だけど、放縦不拘。略無才学だけど、和歌が上手(善作倭歌)と公式記録(三代実録)に記されています。

日本三代実録 巻三十七 元慶四年五月

廿八日辛巳。従四位上行右近衛権中将兼美濃権守在原朝臣業平卒。業平者、故四品阿保親王第五子。正三位行中納言行平之弟也。阿保親王娶桓武天皇女伊登内親王、生業平。天長三年、親王上表曰。无品高岳親王之男女、先停王号、賜朝臣姓。臣之子息、未預改姓。既為昆弟之子、寧畏歯列之差。於是、詔中平行平守平等、賜姓在原朝臣。業平、体貌閑麗、放縦不拘。略無才学、善作倭歌。貞観四年三月授従五位上。五年二月拝左兵衛佐。数年遷左近衛権少将。尋遷右馬頭。累加至従四位下。元慶元年遷為右近衛権中将。明年兼相模権守、後遷美濃権守。卒時五十六。

<文献>
日本三代実録 巻第三十七 起元慶四年正月尽元慶四年六月. 国史大系 第4巻 日本三代実録. 経済雑誌社, 1897年.
国立国会図書館デジタルコレクション