貞観5(863)年5月20日 神泉苑で御霊会@日本三代実録

 当時の朝廷の公式記録である「三代実録」に神泉苑で御霊会が行われたという記事があります。これが祇園祭の起源だといわれています。

<大意>
 藤原基経(836-891)らを勅使として遣わし、王、公、卿、士が列席する中、6つの靈座の前に几筵(机と編み物)を設け、花を飾り、供え物を盛り、律師(仏僧の位)慧達を講師として金光明経、般若心経を読ませた。雅楽寮の伶人に命じて楽を演奏させ、帝の近くに侍る児童や良家の子弟を舞人とした。(中略)
崇道天皇(早良親王;750-785)、伊予親王、藤原夫人(吉子;伊予親王の母)、觀察使(藤原仲成?)、橘逸勢、文室宮田麻呂の(6人の)いわゆる御靈者がおられる。近頃、疫病がしばしば流行し、死者が多いのは御靈者のせいである。京畿から外国まで、夏から秋まで御霊会を修め、絶えさせない。仏を礼拝して経を読み、あるいは歌って舞い、弓矢を射て、相撲を取る。(中略)
この春から咳の疫病が流行し多くの人が亡くなっている。朝廷の祈りとして(御霊)会を修め、ひたすら祈る。

 このように祇園御霊会は疫病が流行する原因と信じられた御霊(怨霊)を鎮めるための祭礼で、仏教色と娯楽色が強かったのです。

<日本三代実録 巻第七 貞観五(863)年五月の項より>
廿日壬午。於神泉苑修御靈會。勅遣左近衛中將從四位下藤原朝臣基經。右近衛權中將從四位下兼行内藏頭藤原朝臣常行等。監會事。王公卿士赴集共觀。靈座六前。設施几筵。盛陳花果。恭敬薫修。延律師慧達爲講師。演説金光明經一部。般若心經六卷。命雅樂寮伶人作樂。以帝近侍兒童及良家稚子爲舞人。大唐高麗更出而舞。雜伎散樂競盡其能。此日宣旨。開苑四門。聽都邑人出入縱觀。所謂御靈者。崇道天皇≪早良≫。伊豫親王。藤原夫人≪吉子≫。及觀察使。橘逸勢。文室宮田麻呂等是也。並坐事被誅。寃魂成厲。近代以來。疫病繁發。死亡甚衆。天下以爲。此災。御靈之所生也。始自京畿。爰及外國。毎至夏天秋節。修御靈會。徃々不斷。或礼佛説經。或歌且舞。令童貫之子粧馳射。膂力之士袒裼相撲。騎射呈藝。走馬爭勝。倡優戯。遞相誇競。聚而觀者莫不填咽。遐迩因循。漸成風俗。今茲春初咳逆成疫。百姓多斃。朝廷爲祈。至是乃修此會。以賽宿祷也。

<文献>
日本三代実録 巻第七 起貞観五年正月尽貞観五年十二月. 国史大系 第4巻 日本三代実録. 経済雑誌社, 1897年.
国立国会図書館デジタルコレクションで該当箇所をご覧いただけます。

<備考>
WordPress(WordPress 4.3.1で確認)では、西暦が4桁固定であることを「暗黙の前提(implicit assumption)」としているらしく1000年より前の出来事を扱うと一部でエラーが発生します。特に問題なのは、年、年月、年月日のアーカイブです。例えば863年の記事は、実際は
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にあるのに
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を見ようとして「ぺージが見つかりません」というエラーになってしまいます。

原因は、
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の中で$yearを参照している3つの関数
 get_year_link($year)
 get_month_link($year, $month)
 get_day_link($year, $month, $day)
です。

function get_year_link($year) {
  global $wp_rewrite;
  if ( !$year )
    $year = gmdate(‘Y’, current_time(‘timestamp’));
となっている部分の直後に
  $year = substr( ‘000’ . $year, -4);
を追加すれば解決します。get_month_link()、get_day_link()も同様です。
 まだ紀元前の出来事は扱えませんのでご注意ください。

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